2007年01月10日

挫折の構図

挫折をもたらす要因のひとつは疑念です。
疑念を抱いてしまうのは、期待した結果を得られないからです。

ダイエットに関すれば、せっせとエクササイズをしているのに体重が減らない、必死で食事制限をしているのに体重が下げ止まった、など。
我慢して続ければ確実に結果が出ると信じる根拠(適確な情報)があれば耐えられそうですが、いっこうに成果が上がらない現実を前にすると、疑惑は次々と湧き起こります。

「こんなことでほんとうに痩せるんだろうか」「自分には向かないような気がする」「これで痩せた人は多いそうだけど、私は特異体質なのかも」「ほかにもっと楽なやり方がありそう」「なんだかむくんだみたい」「今のうちにやめれば損害も少なくて済む」「そもそも私ってやせる必要があるのかしら」「えーい、やめちゃえ」てなことに相成ります。

人間は報酬を得られないと物事を遂行する気力を失うのです。誰が好き好んでタダ働きなんかするもんですか。
報酬は金銭に限りません。ボランティア活動に没頭する人々は、お金以外の報酬を得ています(崇高なる自己満足とか・・・皮肉じゃないよ)。
ダイエットの場合、報酬は『体重減少』です。

挫折を回避するには、安価で易しい方法を選び、あまり期待せず、焦らないことです。

かくも多くの女性たちがダイエットに失敗し、リバウンドに苦しんでいるのは、おそらく焦り過ぎたからです。他山の石はいくらでも転がっているのに、自分も1個の石ころになろうとするのは愚かです。

太った人はなぜかせっかちです。何年もかけて貯め込んだ脂肪を短期間に捨て去ろうとします。巷にはそれを煽るごとく『10日でラクラク5kg』『2週間集中ダイエット』などの広告があふれかえります。
自力で痩せようとしても、短気な人はいきなり無茶なこと(絶食や激しい運動など)に挑みたがります。効果がないのに延々と続けることなど無理な相談です。

ダイエットに投じるお金、労力、時間、精神力などが大きいほど、不結果への苛立ちも大きいでしょう。だから投資は少ないほうが良いのです。

ケチであることも大切、かな。
ダイエットというものは自分の意志で行うのが普通だから、やめたとて誰に迷惑をかけるわけではありません。投げ出すのはいともカンタンです。
しかし中途でやめると、それまで続けた努力は無になります。もったいないと思いませんか?
真に無駄なこと、理論的にかえって太るようなことをしていたのならともかく、始めるに当たっては体験談を調べたり、それなりに吟味したはずでしょう。全く効果がないはずはないのです。
信じて続ければ必ず光が射してきます。
投稿 ルノ at 21:28 | コメント(0) | TB(0) | ダイエット論
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/31190503
※宣伝トラックバックは歓迎されません。

この記事へのトラックバック